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ヒマな人たちへ読書のススメ

激論!!プロの編集者がはじめて『星の王子さま』を読んでみた

オトナには教養が必要だ。

深みのある会話をするには、多くの人が共通項として理解している「コード」を前提として自分のものにしている必要がある。

そこで、30歳を目前にした我々は、この「コード」を改めて学び直してみることにした。

まず挑むのは、世界でもっとも読まれている童話『星の王子さま』だ。

みんなが愛する世界の名作のはずが、思いのほか評価が割れてしまい……。

アラサー、はじめて『星の王子さま』を読む

北山:まずは『星の王子さま』の周辺情報についてまとめておこうか。

あらすじについては、版元の情報を引用させてもらおう。

砂漠に飛行機で不時着した「僕」が出会った男の子。それは、小さな小さな自分の星を後にして、いくつもの星をめぐってから七番目の星・地球にたどり着いた王子さまだった……。一度読んだら必ず宝物にしたくなる、この宝石のような物語は、刊行後七十年以上たった今も、世界中でみんなの心をつかんで離さない。最も愛らしく毅然とした王子さまを、優しい日本語でよみがえらせた、新訳。(新潮社HPより)

古橋:うん。読んだことはないけど、なんとなく把握しているあらすじだ。

北山:著者はサン=テグジュペリ アントワーヌ・ド。難しい名前だね。

彼は1900年にフランス貴族の家に長男として生まれた。4歳で父を失ったけれど、母方の城で幸福な幼少期を過ごしたらしい。カトリック系の学校で教育を受けたあとは、兵役に服して飛行操縦生になった。

軍を除隊したあとは紆余曲折ののち、航空会社に就職して飛行家として活躍。だから、『星の王子さま』において砂漠に不時着した「僕」は、著者と重ね合わせて理解されることが多いみたいだね。

その後は作家活動を展開するけれど、第二次世界大戦の勃発で動員されて、フランス本土上空へ出撃したまま未帰還となった。ドイツ機に撃墜されたと推定されるらしいけれど、機体は見つかっていないという……。
(『デジタル版 集英社世界文学大事典』より)

古橋:貴族生まれの飛行家・作家、出撃のまま遺体は見つからず。物語のような生涯だね。

著者近影

 

北山:言うまでもないけれど、『星の王子さま』の影響力は凄まじい。1943年にアメリカで、46年にフランスで出版されて以降、200以上の国と地域で翻訳された。日本だけでも30以上の訳書が出ているらしいから驚きだね。

なんと、総発行部数は2億部!

ちなみに、原題の「Le Petit Prince」は直訳すると、「小さな王子さま」になるそうだ。
(芦田徹郎「『星の王子さま』を読む(1)」(『甲南女子大学研究紀要I』、2024)より)

四ツ谷:すごい……。単純に1冊500円としても、100憶円の印税だ……。

北山:プロの編集者が、いまさら読むのは恥ずかしいくらいの本だ。
ともあれ、本題に入ろう。アラサーになって、ようやく『星の王子さま』を読んだわけだけど。どうだった? 乾いた心に染み渡った? 

四ツ谷:言いにくいんだけどさ……。すごくつまらなかったよ。全体を通して説教臭くて、登場人物全員が作者からの「すてき」なメッセージのための舞台装置って感じ。プロパガンダ小説を読んでるのかと思った。

古橋:そう? 素直に楽しめたけどね。「特急列車に乗ってるのに、なにをさがしてるのかもうわからないんだね。だからせかせか動いたり、同じところをぐるぐるまわったり」って台詞なんかは、そのまま現代にも通じそうだし。(以下、引用部はすべて新潮文庫版より)

北山:議論を始める前に、もう少し詳しく話を紹介しようか。視点人物は飛行機で砂漠に不時着した「僕」。その「僕」が、自分の星に咲いていた大切な花と喧嘩して旅に出た「王子さま」と出会い、王子さまの6つの星の旅の話を聞くという筋。

王子さまが巡ってきた星には、それぞれひとりしか住んでない。権威にしか目がない傲慢な王さまの星、「恥じているのを忘れる」ために酒びたりになる男の星、いつも星の数を数えている「数」が大好きな実業家の星、ガス灯に火を灯しては消すを繰り返す点灯人の星などを巡って、みんなが何を大切にしているかを知っていく。

「王さまは、なにより自分の権威が守られることを望んでいたからだ」
〈おとなって、やっぱり変だ〉(王さまの星)

〈おとなって、やっぱりすごく変だ〉
「あなたは、星の役には立っていない」(酒びたりの男の星)

〈おとなってやっぱり、まったくどうかしてるな〉(実業家の星)

古橋:これが、それぞれの星に対する王子さまのコメントだね。「星」はそれぞれの価値観ってことでいいのかな。つまり、この本は色んな人と関わって、色んな価値観を知ることの大切さを教えているんでしょ? 

新潮文庫版の帯

これは欺瞞の書だ!

四ツ谷:そんな多様性を許容する話じゃないぞ! こいつ(王子さま)はみんなを下に見てるだけ。だって、明らかに数ばっかりを追う実業家をバカにしてるじゃん。多様性を認めるならば、そこも許容しないと。

北山:たしかに、ガスの点灯人と星を数える実業家の違いが分からない。だって、点灯人はガス灯に火をつけたり消したりを繰り返しているだけ、実業家は星の数を数えているだけなんだもん。一見すると、どちらも虚無に思える。王子さまは、明らかに前者には好意的で、後者には批判的だったところが気になる。

「あの王さま大物気取りや、実業家や酒びたりの人よりは、おかしくない。だって、この人の仕事には意味がある」

って点灯人を評価しているし。王子さまに言わせると、ガス灯に火を灯すことは「すてき」だからだそうだ。星の数を数えて管理するのは、「すてきじゃない」

四ツ谷:人の仕事を「おかしい」「おかしくない」「すてき」「すてきじゃない」で断罪できるのは凄いな。

古橋:そこも「色んな人と接して、自分の大切なものを育みなさい」って意図であれば、そのまま通じるメッセージだと思うよ。王子さまにとっては点灯人が「すてき」だった。では、あなたにとって大切なものは? という問いを投げかけている。

四ツ谷:そうであったとしても、王子さまの「すてき」のあり方には疑問が残る。点灯人に好意的なのは彼が「弱者」だからじゃないか? 著者のサン=テグジュペリは名門貴族の出だし、生活のためにやきもきする必要がない。安全圏にいるから、金を稼ぐために必死の人を悠々と軽蔑することができた。そういう人は往々として「弱者」に寄り添いがちだよね。「資本家」である王子さまが、点灯人という「労働者」に気まぐれに親和的な視線を寄せるのは、美しいようだけどただの偽善とも言える。裕福な家に生まれて、インドとか旅行してみて、カーストの低い人たちの生活をみて感動するみたいな。身勝手だよ。

「この人の仕事には意味がある」って箇所もなんだか違和感があるよね。リベラル系の知識人がXで低賃金の労働者を擁護してるみたい。「コンサルや金融みたいな高級取りは何にも生み出してない。介護や福祉職の人にもっと賃金を!」って。言ってることは正しいんだろうけどさ。上から目線だし、欺瞞だよね。そんなことを言いながら、あなたたちは銀座で飲んでるじゃん。

評価のポイント

北山:著者が自分の価値観を「単なる自分のものに過ぎませんが」との前提で書いているかが、評価のポイントになるよね。価値観を押し付けているのか、「自分で考えなさい」と促しているのか。

四ツ谷:ただの押し付けじゃない? 著者は、まったくピュアに「自分の価値観が正しい」と考えている気がするけどな。本人も冒険家として活動していたようだけど、やはり前提に余裕がある。生きていくのに必死だったら、「冒険」なんてできないよ。気分で色々なところに出向いては、きまぐれに生活者に同情してみたりして。それで、すぐに安心できる故郷に帰るんだよ。

あと「大切なものは、目に見えない (Le plus important est invisible)」っていうメッセージにも疑問が残る。そうは言いつつも、「ガス灯」だの「薔薇」だの「夕陽」だの、結局王子さまは目に見えたものに魅了されているし……。それなのに「自分は目に見えないものを愛している」と思えるのは何故だろう。

古橋:この点は自覚して書かれている気もするけどね。王子さまは、成長途中なんだよ。

北山:著者の存在をどこまで物語の解釈に落とし込むかで、評価が割れている気がするな。彼が貴族の出身であったことが、どうしても解釈に影響を与えてしまっている。

ところで、多少含みがある書き方はされているけど、王子さまは最後に死んでいるよね。これはなんでだろう。点灯人が「すてき」ならば、王子さまもそんな仕事をすればいいと思った。

四ツ谷:結局王子さまは貴族だからね。いくら「意味」があったって、毎日毎日ガス灯を点すような、チンケな肉体労働はできない。そんな覚悟はないんだよ。これはあくまで「冒険」だから。たまに見るから「すてき」って思えるんだ。

最後の方に「砂漠が美しいのは、(中略)どこかに井戸を、ひとつかくしているからだね」っていうセリフがあるけど、これも安全圏にいる人の物言いだよ。「井戸」があるかは、死活問題だよ。美しい、美しくないの話じゃない。主人公は砂漠に不時着しただけで、そこで暮らす覚悟がないからそんなことを言える。

北山:うん。現実的には、砂漠で生活を続けないといけない人もいるわけだ。だって生活者にとってこれは「冒険」じゃないし、「不時着」したわけじゃないからね。当の生活者からすると、「俺たちの生活はおまえの冒険を刺激するための舞台装置じゃない」って思うのかな。

古橋は、王子さまはなんで死んだんだと思う?

新潮文庫版の帯(裏)

結局、王子さまはなぜ死んだのか

古橋:ガス灯があるのは他人の星だ。だから、王子さまはそこで働くことはできない。王子さまが死んだのは、読者に「さぁ、ではあなたはどうやって生きますか?」ということを投げかけたかったからだろう。

北山:なるほど。見事に解釈が分かれているな。

話を変えよう。どうしてこの物語はここまで広く受け入れられたのだろうか。たとえば作家の中上健次なんかは、「この「星の王子さま」と云う童話を読んで、胸が痛くならない人は 相当に鈍感であるか、汚物の塊のような人間であろう」って言ってるよ。これはどう考える? 中上なんて育ちの貧しいブルーカラーの出身、「生活者」の典型だぜ。

四ツ谷:それは、当の「生活者」からすると、寄り添われて嬉しいからじゃないか? 

北山:だとしたら、この「冒険家の貴族」と「生活者」の関係性は、非常に「すてき」に完結してるんじゃないのか? 俺たちが茶々を入れる必要がない。「生活者」は胸を張ってガス灯に火を灯し続けることができる。貴族はそれを「すてき」と言う。

四ツ谷:それでいいならいいけど、なんかいびつだよなぁ。貴族におだてられているだけな気がする。そんなに言うなら、お前たちが自分の手でガス灯に火を灯せよ。

はたして『星の王子さま』は名作なのか?

北山:ふと調べてみたけど、やっぱりレビューは絶賛ばかりだね。批判レビューは「本の状態が悪かったです」みたいなものばかり。

四ツ谷:おいおい。「目に見えるもの」にこだわりまくってるじゃないか。「いちばん大切なことは、目に見えない」ってのがこの物語のメッセージなのに。たとえ本が汚くても、それを読んで、メッセージを大事に抱えるのが作者の意図に則した態度なんじゃないのか。

古橋:分かった!このメッセージを世界ではじめて表明したからすごいんじゃないか? 「国の発展がみんなの幸せ」っていう時代のフランスのなかで、「目に見えないものが大切」なんて大っぴらに言えない。

北山:現代とそのまま地続きの社会で、内容的にも現代的な警鐘を鳴らした童話としては、最古なのかな。

四ツ谷:はじめてかなぁ? 知らないけど『方丈記』とかにも書いてありそうだよ。

北山:たしかに(笑)。でも、『星の王子さま』を好きな人の多くは、やっぱり「いちばん大切なことは、目に見えない」って一節に感動しているようだね。

古橋:人生のどのタイミングで読んだかが大事だと思うな。俺たちも小学生のころに「いちばん大切なことは、目に見えない」って一節に触れれば、純粋に感動できたはずだ。30歳になって初めて読むから、こういう感想になる。これは読み手の問題だよ。

北山:間違いないね。多分この読み方をすると、あらゆる童話は成立しなくなる。だってほとんどが、インテリの説教だもん。

四ツ谷:なるほど。俺は幼少期に『星の王子さま』に触れなかったから、汚物の塊のような人間」になったわけだ。

北山:では汚物なりに、この物語を読んだうえでどう生きるかを考えてみようか。

四ツ谷:うん。俺は死なずに生きて、ガス灯に火を灯し続ける汚物となる。

北山:恐らくこんな教訓を得た人間は、世界で初めてだろうな。

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