旧車が、若者に大人気だ。
特に80〜90年代式のヤングタイマーと呼ばれる”レトロでお洒落な車”を持つことがカルチャーになりつつある。
クルマ離れが叫ばれる現代。
なぜ、若者たちはおカネと手間のかかる”歳上”のクルマを買うのだろう?
旧車に魂を奪われてしまった筆者が、その魅力を存分に語り尽くします!
本当の「いいね」は時代を越える
まずはこのCMを見てほしい。
VW(フォルクスワーゲン)ゴルフのPVだ。
うんうん。おしゃれ〜、かっこいい!
普通に見れば、新型ゴルフⅧの機能とデザインを「50年の進化」という観点から紹介したCMだろう。
だが私は、違和感を覚えずにはいられなかった。それは”流行はすぐに消える”、”本当の「いいね」は時代を越える”という、ある種、SNS世代に不易流行の精神を訴えるような文言が織り込まれていたからだ。
これを見てビビッと(もはや死言!)きてしまった。
もう周りに流されるのはやめよう。自分が本当に「いい」と思えるものだけに時間とお金を使おう。同時に小さい頃の淡い夢を思い出した。将来、憧れの車に乗りたいーー50年前の車もなかなかいいじゃないか。
よし、もうすぐ30歳になる、ちょうど車も必要なことだし、旧車を探してみよう!
こうして私の「車さがしの旅」がはじまった。
憧れの車が買えない!
私の父は、クルマ関係の仕事(鈑金塗装)についている。私自信も幼少期にトミカを愛し、中学時代に頭文字Dにハマり(直筆サインを持ってる!)、高校では「クルマイジり同好会」(正門の前で顧問の先生の車をイジる部活)に所属していたほどの根っからのクルマ好きだ。
しかも中古車屋でバイトしていたことさえある。ある程度、車種も値段も頭に入っているつもりだった。社会人になってからは一切車には触れていなかったが、まぁ、知識もあるしラクに見つけられるだろう。私はそんな軽い気持ちで中古車検索アプリをタップした。
ひとまず知ってる車から探そう。昔好きだったトヨタのAE86、ホンダのS2000、イタリア車のランチアデルタを検索してみたのだが……。
「……え?、アレ?」
あまりの衝撃に私はスマホを落としてしまった。とにかく高い! 高すぎるのである。ほかにも好きだった車を手当たり次第検索してみたのだが、安くて400万円……少し前なら100万円以下で買えたのに………。
「ってかそんな車、運転できないんだけど」
隣からトゲのある声が聞こえてきた。妻だ。
私は重大なことを忘れていた。結婚して、1歳になる子どももいる。憧れの車の多くは、スポーツカーでマニュアル、後部座席もかなり狭かった。
生活のことを考えると、妻が運転できるAT、チャイルドシートと荷物が充分に載るスペース、エアコンが効く車でなければ。それでいて高すぎず……………ん?
旧車なんてもってのほかじゃないか!!
意気消沈した私は、妻の冷たい視線を気にしながら、中古車検索アプリをそっと閉じた。
君に決めた!
私は「お気に入りの車」を探すのを半ば諦めていた。母からは維持費の安い軽自動を買えと言われ、妻の両親からは機能的なSUVを勧められた。たしかに今のクルマはすごく便利だし、燃費もいい。実際に新車ディーラーにも行ってみたけど、いい感じの車もあった。
でも……不思議と欲しいとは思わなかった。
旧車の、角張ったあの形じゃないとダメなのだ。
私は諦めきれなかった。やっぱり旧車が欲しい。
気づいたら無意識のうちに父に電話をかけていた。
これまでの経緯を話すと、お喋りな父が珍しく黙って聞いていた。
「最低限生活に耐えうる車で、かつ旧車のデザインを備えた車……そんな車ってある?」
そんな私の問いに対し、父はフッと笑ってひと言だけ呟いた。
「……あるよ。ゴルフ2っていうやつ」
それから貪るようにゴルフ2について調べた。冒頭に登場した「初代ゴルフ」を踏襲したデザインで、ランチアデルタにも似ている。見た目は文句なしに好みだ。さらにAT・MT、右・左ハンドル、3ドア・4ドアも選べるらしいし、価格も150万〜200万円と手が出せそう。何より大きさの割に後部座席もトランクも広い。予算も実用性も問題ない。極めつけはELTの持田香織さんもずっと乗っている! もうこれしかない、君に決めた!
なぜヤングタイマーなのか?
……と父に導かれて買うクルマを決めてしまった私。これは偶然なのか? インターネットの記事によると、ゴルフ2は「ヤングタイマー筆頭格」で若者に人気があるらしい。動画でも20代のイケてるオーナーが、自分より”歳上”のクルマを紹介している。
「ヤングタイマーってなに?」
「若い大● (※自主規制)のこと?」
冗談はさておき、旧車には「オールドタイマー」と「ヤングタイマー」という分類がある。オールドタイマーは1970年代以前に製造されたクルマのことを指す。トヨタ2000GT、日産スカイライン GT-R(ハコスカ)、マツダサバンナRX-3など、レジェンドの車ばかりだ。街中で見かけたらかなりの幸運の持ち主だろう(私も展示以外で見たことない!)。興味がある人は下のまとめを見て欲しい。
https://cobby.jp/sportscar-100.html
一方、ヤングタイマーは、1980〜90年代に生産されたクルマだ(2000年代が入ることも)。先に述べたAE86やランチアデルタも含まれるが、若者の間ではスポーツカー以外の”大衆車”も人気の的となっている。
ヤングタイマーの”大衆車”は、リーズナブルで生活にも使いやすい。そして僕たちが生まれた時にはバリバリ現役で走っていたけど、最近はあまり見かけない、このギリギリのライン(絶対領域)がソソるのだ。
さらにヤングタイマー人気の理由を調べてみた。
若者×車×東京といった切り口で、tokyo basic car clubを立ち上げた南部翔也氏によると、
「とっつき易さとデザイン性が魅力。古着に似ていると思うんですが、昔って古いモノ至上主義って風潮がありましたけど、今って90年代レギュラー古着みたいなのも人気ですよね。あの感じに近い気がします。リーヴァイスの大戦モノとかは高いし着るのも躊躇するけど、ちょっと昔のステューシーのTシャツなら、気軽に買えてガンガン使えるじゃないですか。そんな空気感がクルマにも当てはまります。(中略)言ってしまえば、クルマは一番デカいアウター。身に着けるモノの最も外側にあるファッションアイテムみたいな感じでクルマを選ばれる方が多いですね。みんなスペックなんかより、そのクルマが自分に似合ってるかどうかを考えてますよ。」[引用:2024.03.01 #03 “インターネットの車屋”に秘められた大きな可能性。by tokyo basic car club]
自分に似合う古着のようなクルマ、か。
何度も脳内でゴルフ2に乗っている絵を想像してみた。ふむふむ……ほかの人はどう思うか分からないけど、全然悪くない。90年代のCDを流しながら運転してみたいな……。
可愛いゴルフ2をゲットしたい。いや、絶対ゲットしてやる!
私はまたも無意識のうちに電話していた。「クルマイジり同好会」で一緒だった同級生のSくんに。
「あのさ、絶対に欲しい車があるんだ」
「いいよ、俺のパンダで連れていくよ」
私とSくんは相模原市にあるゴルフ2専門店へと飛んだ。
筆者、ゴルフ2を買う
「えっっっっ? 半年待ち???」
私とSくんは驚愕した。想像の3倍以上納車までの期間が長かったのだ。これも人気の証明なのかもしれない。その専門店は「1台でも多く名車を残していく」という理念の元、ゴルフ2を販売している。1台1台、かなり丁寧に整備しているのだろう。
だが私は、もっと早く欲しかった。
某専門店の帰り道、Sくんの愛車フィアットパンダ(ヤングタイマーに属する)に揺られながら、私は明らかに元気をなくしていた。
寡黙だがユーモア溢れるSくんは、私に向かってこう切り出した。
「芋洗坂のところに、一台ゴルフ2あるっぽい」
芋洗坂とは何だ。ツッコミどころはあれど、ここまでくれば聞くほかない。どうやら、Sくんが7年前にパンダを買った中古車店の社長が、”芋洗坂係長”に似ているらしい。さっそく私はアンインストールした中古車アプリをひらいた。
そこには理想的な”君”がいた。
ようやく、辿り着いたのかもしれない。
すぐに芋洗坂のいる横浜へと飛んだ。
君の青い車で海に行こう〜
おいてきた何かを見に行こう〜〜
もう何も恐れないよーおおお〜
スピッツ好きの私は青い車を芋洗坂の店で即決で買ってしまった。150万円、ギリ予算内だ。確かに社長は芋洗坂係長に似ていたが、急に踊り出すこともなく丁寧に応対してくれた。
1990年式、11万8千キロ。この古さに妻からは当然の如く猛烈に反対されたが、私は「壊れないから大丈夫。途中で止まるなんて絶対にない」と必死に説得し、何とか購入に漕ぎつけた。
ちょうど一ヶ月半後に納車された。
29歳で人生初の自分の車。私は嬉しさのあまり、横浜の芋洗坂の店まで取りに行き、初日から首都高をかっ飛ばした(ちなみに持田香織さんも初日に首都高走ったらしい!)。
ハンドルもアクセルも程よく重みがあり、走っていて気持ち良い。一般道よりも高速の方が安定するのは、さすがドイツ車といったところだろう。
何より、自分で操縦してる感じと周りのクルマと違うカタチであることが、痛快だった。その日、帰ってからのお酒は美味かった。
平日は家に帰るたびにコイツが待ってくれている。休日は行きたい場所にコイツとすぐ行ける。
なんて毎日が楽しいんだろう。
この間、ヘッドライトをLEDに、フロントマスク(グリル)を純正に、ホイールを好みのものに変えたりと、クルマイジり同好会の経験を活かしてイジってみた。カスタマイズ自体も超楽しい。
納車から早3ヶ月、暑い夏も乗り越え、さぁこれからどんどんドライブ行くぞ〜と意気込んでいた矢先……信じられぬ事態が起きてしまった。
突然の故障、そして別れ
この日は珍しくスピッツではなくZARDを流しながら走っていた。妻を友人宅に届けるため、私の出身地でもある川口市へ。快調なペースで進み、あと15分で目的地に到着するという時、エンジンから異音が聞こえてきた。さらに信号待ちをしていると、エンジンの回転数を示すタコメーターが1500回転になり、ガタガタと震え出した。明らかにおかしいと思いながらも、「負けないで」を聴いていたからか、そのまま走ってしまった。あろうことか無理をしてしまったのである。
愛車はあっけなくエンストした。川口市「領家」の交差点の先頭、左手にマクドナルドがある場所で動かなくなった。そそがれる妻の冷たい視線と鳴り響く後続車のクラクション。何度も始動を試みたが、遂に動くことはなかった。
停車して10分ぐらい経過しただろうか。前から1人の男が走ってきた。
「大丈夫ですか? 近くまで運びましょう!」
なんと、近くのガソリンスタンドのお兄さんが駆けつけてきてくれたのだ。私はお兄さんに言われるがまま、交差点から100メートルを手押しで運び込み、事なきを得た。
何をしていいのかわからず、私は父に電話した。ゴルフ2を勧められた日以来だった。日曜日にもかかわらず、父はたまたま仕事で、30分で駆けつけてくれた。初めて心から父に感謝した。
燃料切れでもバッテリー切れでもない。原因がわからないまま、自動車保険のロードサービスで修理工場へと運ばれた。偶然父の知り合いにフォルクスワーゲン専門で修理している人がいて、その方に診てもらうことになった。
「だからこんな古い車買うなって言ったじゃん」
帰り道、久しぶりにトゲのある妻の言葉が飛んできた。至極当然だろう。「途中で止まるなんて絶対にない」と言って買ったのだ。私はぐうの音も出なかった。沈黙を我慢できず、ZARDのこの曲を一人で聴いた。30歳になったばかりなのに、自然と涙が溢れてきた。
カセットのボリューム上げた 日曜の車は混んでいる
バックミラーの自分を見て “今度こそは意地を張らない…”
心の深くまで刺さった。ぜひ歌詞だけでもみてほしい。
クルマは友だち
その日以来、ゴルフ2は帰ってきていない。
幸い燃料ポンプを交換すれば治ることが分かった。10万円くらいかかりそうだ(妻には内緒にしておこう)。
いまは父から借りた軽自動車を乗っている。
でもあまり楽しくない。小回りもきくし圧倒的に運転しやすいけど、アクセルとブレーキ、ハンドルも軽くて、オモチャみたいだ。機能的なんだけど、何か物足りない。
やっぱり……アイツじゃないとダメなんだ!
仕事で嫌なことがあっても、ひとたび乗れば「楽しい」と「懐かしさ」を届けてくれる。旧車が古着に近いというのも言い得て妙かもしれない。しかし私にとっては「友だち」でもあり、「90年代のJ-POP」でもある。いつでも郷愁を思い起こさせてくれる、そんな存在。
”歳上”のクルマを買って、すぐに故障してしまったけど、まったく後悔はしていない。これからも大事にしてなるべく長く乗り続けたい。
いずれにしても早く帰ってきて欲しい!!
あなたもお気に入りのクルマを手に入れれば、私の気持ちがわかるはずだ! 間違いなく人生を彩ってくれるから、あなたも「ヤングタイマー」を探してみよう!!
1994年生まれ。社史編集者。某国公立大学経済学部卒業。酒と車、ベトナムをこよなく愛する。得意分野は経済思想史ほか、世界史、哲学。既婚者。30歳を機に家と車を購入したことで、ローン地獄に追われている。
コメント