晩夏を過ぎると、30歳になる。
30歳にもなれば、ちゃんとしないといけない。
ちゃんとする? ちゃんとするって、どうすればいいんだろうか。勉強や仕事こそはちゃんとしてきたものの、私生活においてちゃんとしたことがないから正解が分からない。なにせ、いまだにピアスを付け、マリリンマンソンのバンTを着て高円寺で飲んでいるくらいだ。
この記事は、20代に囚われた男が、己の若さを片付けるための物語である。
【前回記事】
最も「カッコいい」文学者
四ツ谷:今日は北山の好きな寺山修司と別れを告げるよ。寺山なんて若さの象徴だからな。カルチャーに関心を持ち始めたばかりの若者が、一番最初に衝撃を受ける作家だ。
北山:そうだね。寺山は『書を捨てよ、町へ出よう』や『誰か故郷を想はざる』の代表作で知られているけど、随筆だけじゃなくて「毛皮のマリー」や「血は立ったまま眠っている」など戯曲でも有名。アングラ演劇も主催して前衛芸術を確立させたし、いわばアヴァンギャルドな総合文化人ってわけだ。既存の文学をぶち破った。これは20代が夢中になるのも無理はない。
四ツ谷:端的な説明をどうもありがとう。北山が読んでいたのは大学生の時?
北山:実家の父親の本棚に『田園に死す』があって、なんとなく認識はしていた。大学入学を機に上京してから角川文庫版のモデルさんを起用した新カバーに魅了されて、まるっと買い集めた記憶がある。
四ツ谷:ふーん、随分と楽しそうに語るね。まあそんな寺山ともおさらばだ。心の準備はできたか。
寺山ワールドへの扉
北山:この扉を開いたら、最後の寺山体験が待っているのか……。
四ツ谷:おお、なかなか圧巻の展示だな。机の抽斗のなかの資料を、懐中電灯で照らしてみるのか。ここにはいっぱいポスターが並んでいる。
ところで、一番好きな作品は?
北山:短歌の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」だね。「つかのまの海に」じゃなくて、「つかのま海に」ってところが抜群にカッコいい。
上の句の情景描写でうっとりしていたところを、下の句でぶん殴られる感じも良い。バランスが素晴らしい。
魅力は「危ない空気」
四ツ谷:エッセイじゃないのか。短歌以外では何が好き?
北山:正直、特段好きなエッセイはないかもな。これは多くの読者に共通している気もするけど、「寺山修司」という世界観を楽しんでいるわけだ。エッセイの数は多いけど、割と内容は重複している気もするし。とにかく、醸し出される「危ない空気」が最高なんだ。
四ツ谷:つまりは、ヤンチャな先輩に憧れる感性みたいなものか。
北山:近いかもしれないな。当たり前だけど、文章が圧倒的に巧いのは間違いないね。もともと俳句の人間だから、一文一文が冴えてるんだよね。どこを抜き出しても油断していない。
時代を置いてけぼりにした感性
四ツ谷:それにしても、文学者の記念館の割に立体物の数が多いな。すごい存在感だ。戦前の三沢生まれでこのセンスが生まれたのは信じられない。
北山:これぞ、寺山ワールドよ。1960年代のセンスとは思えない。昨日見て回った通り、三沢は米軍基地の町だから、カルチャーの流入は独特だったのかもしれない。あ、撮影OKらしいから、このモニュメントと写真撮ってよ。
四ツ谷:仕方ないな。最後くらい情けをかけてやろう。
北山:誰か故郷を想はざるーー。やっぱり、寺山のキーワードは「故郷」や「母」なんだな。母性的なものに対する憧憬を感じる。
四ツ谷:なんか喋ってるけど、やっぱり大学生にしか見えないな。さっさと見て回って、一刻も早く卒業してもらわないと。
北山:いやー楽しかった。ここに来るために久しぶりに読み返したからな。おかげで新鮮な気持ちで楽しめたよ。
四ツ谷:あ、かえって余計なことをしたかもしれない。
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