旅人が行き交う観光地よりも、打ち捨てられたような場所が好きだ。
温泉街のストリップ小屋、苔むす廃村、港町の古びたスナック……。
かつて暮らした人々の「情念」を想起させるのか、不思議と私の心を掻き立ててやまない。
これは、見捨てられた場所をめぐる旅の記録である。
京の秘境へ
今回の目的地は、京都の鞍馬山。
そう、牛若丸が天狗と修行をしたという伝説を持つ、あの鞍馬山である。
なにやら最近は、「パワースポット」として知られているらしい。
京都市内から鞍馬へ行くのは、非常に面倒だ。なにせ鞍馬は京都の北郊、山奥にある。

鞍馬は山深い
京都駅から30分以上かけて出町柳駅にむかったあと、比叡山電鉄(通称衛電)に乗り換えてさらに30分北上する必要がある。ただし、登山口は鞍馬駅から下車してすぐだ。
※地下鉄「鞍馬口」とはまったく違う場所なのでご注意

どう見ても行きにくい立地
なによりの難点は、周囲に観光地が乏しいことだろう。
有名な貴船神社こそ近いものの、基本的に鞍馬には鞍馬寺しかない。
おまけに、このアクセスの悪さ……。
年に何度も京都を訪れるような、よほどの玄人でなければ、足を踏み入れることはないだろう。

最寄りの鞍馬駅前にはお土産もの屋が並ぶ。昔は駅に降りると「木の芽煮」の香りがした。
だが、私はそんな鞍馬寺に数えきれないくらい遊びに行っている。
京都・西陣で育った私だが、父が書斎として使っていた家が鞍馬山の麓の「二軒茶屋」という駅にあったのだ。

天狗を象徴する「ヤツデ」の御紋
とはいえ、私が足しげく鞍馬に通っていた理由は、近いからというだけではない。
なぜ、私は鞍馬寺を愛しているのかーー。
そう、鞍馬山の頂上に伽藍をかまえる鞍馬寺には、私を魅了する「ある秘密」があるのだ……。
新宗教の大本山
「鞍馬寺? 分かんないけど清水寺みたいな歴史がある名所なんでしょ?」
多くの観光客は、そう思っている。
ところがどっこい、鞍馬寺は昭和につくられた「鞍馬弘教」なる新宗教の総本山なのだ。

ところどころで目に入る「魔王」の文字

ケーブルカーを使わないと頂上までそれなりに時間がかかる
元来、鞍馬寺は奈良時代にまで遡る歴史を誇る。しかし、長い歴史のなかで様々な宗派の影響を受け、そのあり方を変えてきた。
昭和に入り、そんな「宗派に捉われない」鞍馬寺の信仰を統一したのが、新宗教「鞍馬弘教」なのである。
この鞍馬弘教の教えが、少し変わっている。
注意力がある人は、この鞍馬寺がどこか独特の空気をまとっていることに気が付くだろう。
ケーブルカーのアナウンス、お土産もの屋さんの商品……。
いたるところに、普通のお寺では目にしないような文言が溢れているのだ。

Energy of the Universeの文字
鞍馬寺を歩いていると、小さな違和感が少しづつ積み重なっていく。
この空気を感じるのが、非常に楽しい。
そういえば、私の祖父は浄土真宗の僧侶だったのだが、意地でも鞍馬寺には足を踏み入れなかった。
僧侶からすると、なにか思うところがあったのかもしれない。
さて、鞍馬弘教の教えには、こうある。
鞍馬山の信仰は、宇宙の大霊であり大光明・大活動体である 「尊天」を本尊と仰いで信じ、「尊天」の心を我が心として生きてゆくことで、尊天信仰と言います。尊天とは、人間を初め、この世に存在するすべてを生み出している宇宙生命・ 宇宙エネルギーです。 (鞍馬寺公式サイトより)
ーーいかがだろうか。
「宇宙エネルギー」という言葉を、歴史あるお寺で耳にする機会はそうないだろう。
宇宙エネルギー…… the Energy of the Universe……
幼少期の私は、大好きだったドラマ「TRICK」の世界観を、この山から感じ取っていたのだろう。
普通の寺社仏閣に飽きたあなたへ、鞍馬寺には他では味わえない刺激がある。
鞍馬寺周辺のおすすめグルメ
木の芽煮(くらま辻井)
牛若丸が常食をしていたという、驚くべき伝説を有する鞍馬の名物。
香り高い山椒で昆布を佃煮にしたもの。ごはんが止まらなくなる一品。
「田舎っぽいな」と侮るなかれ。これが、たまらなくうまいのだ。
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岸本柳蔵老舗
鞍馬駅を出てすぐの場所にあるお土産もの屋さん・岸本柳蔵老舗は、食事のメニューも豊富だ。
失礼ながらさほど期待できる店構えではないのだが、このお店のご飯がとにかく美味しい。
どんなお店でも出汁が美味しいのは、関西の良いところだ。
優しい。とにかく優しい味わい。冬の山で凍えた身体が、一気に蘇る。

柚が薫るてんぷらうどん
名物「山椒ラーメン」も一度はご賞味いただきたい。
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ぼたん鍋
はるばる鞍馬にまで来たのなら、叡電の手前の駅・貴船口にも足を運んでほしい。
夏でも涼し気な清流のほとりにある貴船神社は、いまや若者にも人気のスポットだ。
川床がことに有名だが、冬場のぼたん鍋はちょっとレベルが違うくらいに絶品。
このぼたん鍋は、驚くべきことに途中で「美味さのブースト」がかかる。明らかに、途中から猪のかぐわしい香りがぐんぐん増していくのだ。
大げさではなく、私の「ぼたん鍋観」は貴船で変わったと言って良い。
ぜひ、「美味さのブースト」をお試しいただきたい。
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1994年生まれ(男性)。ライター。一橋大学大学院社会学研究科歴史社会研究分野修士課程修了。得意分野は、歴史・文学・サブカルチャーなど。「文春オンライン」、「プレジデントオンライン」他に寄稿。共著に『紫式部と源氏物語の謎』(プレジデント社)がある。2025年、精一杯の献金(8,468円)により、シーランド公国男爵に叙される。憧れの人は澁澤龍彦。
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