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【日本不思議紀行】鬼の子孫たちの村を歩く~京都・八瀬~

この列島には、不可思議な村々があまた存在する。

ライター/歴史研究者であるわたくし北山が、雑務の合間合間を縫って旅した村を紹介しよう。

 

鬼の末裔たちの村

今回紹介するのは、京都市中の鬼門に位置する左京区「八瀬」である。

オカルトマニアのなかには、ご存じの方も多いことだろう。
そう。八瀬には、風変りな伝承が存在するのだ。

八瀬の民は叡山御門跡が閻魔王宮から帰らるる時輿を舁いて来た鬼の子孫で、今でも八瀬童子と称して門跡の御輿舁きだとあるそうだ――

(『山城名勝志』十五)

この地域に暮らす住民「八瀬童子」たちは、古く「鬼の末裔」を名乗ってきた。

驚くべき伝説を保持する人々の村を歩いてみよう。

静かな山村には不釣り合いなほど大きな鳥居

 

江戸時代の八瀬

江戸時代の史料は、八瀬の人々について、このように記している。

当村の男女ともに強気はげし

(『京師巡覧集』第十五・八瀬の条)

人相言語世に類せず

(『山城名跡巡行志』巻三)

当時、成人男性は髷を結うのが当たり前だった。髷を結わないのは、子ども
や宗教者など、境界的な人々の証だった。
成人しても髷を結うことのなかった八瀬の人々は、京師の人々から畏怖の眼差しで見られていたに違いない。

八瀬地区は高野川の両岸の山縁に、沿うように形成されている。一見すると、ごくありふれた山村の風景である。

清らかな高野川

創られた「八瀬」像

ところが、八瀬童子は極めて特異な職能民だった。
彼らは貴人たちが、比叡山をはじめとする山々を登る際に輿を舁く役割を与えられ、その任務を全うすることで様々な税金を免除されていたのだ。

ことに明治・大正両天皇の葬儀の際に、その柩を舁いたことはよく知られている。
かつては、中世以来、八瀬童子たちが天皇家の柩を独占的に舁いてきたと言われていたが、のちにこの言説が近代になって創始された所謂「つくられた伝統」であったことが明らかにされた。

整然と並ぶ地蔵

八瀬地域の歴史を知るうえで必須となる歴史書「八瀬記」も、比叡山延暦寺による寺域回復運動に抵抗するために、八瀬の人々が自身の由緒を後醍醐天皇に結びつけて正当化したものだった。

歴史は往々にして、共同体が危機に瀕した際、共同体がより強固な存在になろうとしている際に語られる。

かと言って、八瀬が歴史的に重要な地域であることは変わらない。

肝要なのは、八瀬地域の特異性は延暦寺、室町幕府、青蓮院など諸権門との関係のなかで語られるべきであり、ことさら「天皇家との関係」のみに注目して語られるべきではないということだ。

荒廃した土蔵

八瀬の人々は、巧みに権力と権力とのあいだを渡り歩き、時には自らを強化する言説を紡ぎ出すことで集団を守ってきた。

極めてしたたかで、同時に比類無いほどに魅力的な人々なのだ。

村に伝わる日本の古式サウナ

さて、この村をどう楽しむのか。
「八瀬童子」に並ぶ八瀬のもうひとつの名物と言えば、「かま風呂」だろう。いまでは珍しい日本伝統の古式サウナで、壬申の乱で背中を矢で射られた天武天皇が、その傷を癒やしたのが起源と伝えられている。

それにより、「矢背」(八瀬)の地名が興ったという伝説まである。

巨大な竈の内部は55℃~60℃に保たれており、ゆったりと楽しむことができる。
我々が親しんでいるサウナは80℃~100℃に設定されていることが多い。思わず「そんなんで温まるの?」と思ってしまうが、長時間入っていられるからか、尋常じゃないほど汗が出る。これは堪らない。

こちらは「平八茶屋」のかま風呂

 

名物のとろろ御膳(ランチ)

集落のなかでは「八瀬かまぶろ温泉 ふるさと」が有名だが、京の街から遠く離れた八瀬に行かずとも、比較的アクセスの良い修学院にある「平八茶屋」でも、かま風呂を楽しむことが可能だ。

戦国時代創業の老舗で、名物のとろろご飯と一緒に楽しめば、身も心も休まること請け合いである。

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1994年生まれ。男性。ライター/歴史研究者。一橋大学大学院修了。「文春オンライン」、「プレジデントオンライン」、「週刊読書人」などに寄稿。共著に『紫式部と源氏物語の謎』(プレジデント社)。専門は日本近世村落史だが、哲学、文学、サブカルチャーなども得意。澁澤龍彦に憧れている。

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