東京で一番オトナな街とはどこだろうか――?
恵比須? 神楽坂? いやいや、まだまだ若者たちの街だろう。
「本当のオトナ」が集まる街は、「ドヤ街」と呼ばれる「山谷」なのかもしれない……。
「ドヤ街」とはなにか
古来、その街には日雇い労働者が集う。
東京きっての荒廃地区とも呼ばれた山谷は、具体的には台東区の清川と日本堤行政区、橋場と東浅草の一部、荒川区の南千住の一部を指す。
日雇い労働者が仕事を求めて集まってくる「寄場」としては、東京最大規模で、1950年代末から1960年代初頭の最盛期には、15000人に上る労働者が住んでいた。
そのうちの大多数が北海道や東北を中心とする東日本の出身者で、ほとんどが0、6平方キロ強ほどしかない範囲で生活をしていたという。
故に、街には格安の簡易宿泊所が軒を連ねており、この街は「宿」を反対から読んだ「ドヤ街」と呼ばれるに至ったのだ。
都心には近いが、徹底的に孤立した街、それが「山谷」である。
そこには、いったい何があるのだろうか。
山谷の名店を発見してしまった
北山:山谷散策は、やっぱり飲み屋から始めたいよね。「淀屋酒店」というお店は、朝の9時から営業しているらしいよ。楽しみだ。
四ツ谷:さて、お邪魔してみよう。
高端:すごい。オトナ(70歳くらい)で店内が満ちている。これぞ、ローカルな名店って感じだ。
北山:冷蔵庫と棚からお酒とおつまみを自分で取って、レジでお金を払うキャッシュオンスタイルだね。慣れちゃうと気楽でいいな。
四ツ谷:まずはこんなところから始めようか。現在、午前11時。暑さに疲れた身体にコンビーフの塩気が染みるね。
高端:缶詰も色々種類があったから、小腹は満たせるよ。ゴミゴミしてないし、本当に素敵なお店だな。平気で1日中いれちゃうよ。
北山:ところで、このお店に、そこはかとない違和感を覚えるんだけど……。
四ツ谷:分かる。異様に居心地が良すぎるんだよ。この違和感の正体はなにか。
高端:ひょっとして、店内が綺麗すぎるんじゃないか? 気軽に角打ちができる雰囲気の割に、ホコリ一つ落ちていない。
北山:確かにそうかもしれない。スチールの灰皿なんてピカピカに磨かれているぜ。床もベタベタしてないし、テーブルもサラサラだ。
四ツ谷:うーん、これは名店を見つけたかもしれない。高円寺にでもあれば、若者でごった返すだろうな。
高端:高円寺でこのスタイルじゃやっていけないだろう。きっと目も当てられないほどに荒れ放題だ。高齢者しかいないのが良いんだよ。まさにオトナのお店。
北山:後ろの席のおじいさん軍団も素敵だ。土曜の午前から友だちと集まってワイワイ飲むなんて、一番の勝ち組じゃないか(笑)
四ツ谷:いわば、陽キャのジジイだ。
高端:この空間には、誰一人肩ひじ張った人間がいない。山谷はみんなが等身大になれる街なのかもしれない。
ドヤ街で待ち構えていたのは……?
北山:さて、ほろ酔い気分になったので、ちょっと街を歩いてみようか――。
その名の通り、簡易宿泊所が軒を連ねている。人通りはまばらで、閑散とした印象を持つ。
基本的にこの街がにぎわったのは、建設ラッシュの渦中である高度経済成長期なのだろう。いまは外国人観光客の姿が目に付く。
どの宿泊所も1泊2250円で統一されている。組合で取り決めでもあるのだろうか。
ローカルな商店が立ち並ぶ一画。チェーン店はまったく見受けられない。
大手のゼネコンは、いかに労働者を雇用しないかに心を砕いている。そのために手配師という人たちが活躍し、独自のネットワークを持つ労働者市場「寄場」ができあがったわけだ。日雇い労働者は、実際には街の外にある現場で働く。そのため、この街で生活を完結させる人は少ないのかもしれない。
労働者たちの住処は、あくまで「仮」のものであることが多い。持ち主が身軽に街を去ったのか、家電製品などの投棄が目立つ。
酷暑のなか、路上で眠る老人がいた。このままだと命に関わるが、知人と思しき人がやってきたので、ほっと胸をなでおろした。
四ツ谷:さあ、今回の散策はこんなところかな。街を歩いてみて、気になった点はふたつある。ひとつは、街を歩く人が高齢者ばっかりなこと。それから、意外に新しいマンションやホテルがあること。
高端:建設ラッシュもはるか昔になったいまでは、住民も高齢化するのが当たり前だね。インバウンド需要に目を付けた企業は、山谷の開発に必死になっているわけだ。
北山:この街の喧騒は遥か過去に消え去り、いずれはその痕跡も失くなってゆくのかもしれないね。
四ツ谷:そういう街の記憶を、できるだけ目に焼き付けておきたいものだ。
退屈なオトナのための、知的快楽マガジン「アルフソン」を運営する人々。アラサーの編集者、ライターたちからなる。
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