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田園調布育ちネットカフェ難民。路上で寸劇をする女性に人生を語ってもらった

高円寺には、変な人がたくさんいる。

でも、この界隈に住んで10年を超えた私は、ちょっとやそっと変なくらいでは驚かなくなった。
モヒカンで絶叫しているくらいでは、まだまだである。
もっと工夫しなければ、高円寺では目立てない。

高円寺は、特殊な街だ。
俳優、バンドマン、小説家、お笑い芸人……。
色んな夢を追う人たちで溢れている。もちろん、現実は厳しく、実際はその日暮らしの人がほとんどだ。

JR高円寺駅前は、そんな人たちの憩いの場である。
私は、彼らの人生を知りたくなった。

「実家もなく旅して生活しています」

その日は、一日中雨が降り続いていた。
ルック商店街にあるシーシャ屋で某誌に送る原稿を書いていた私は、まったく集中することができず、四つか五つか煙で輪っかをつくっただけで、すぐに店を出てしまった。
アーケードのパル商店街を歩いて、高円寺駅へとむかう。

ふと、ヴィレッジヴァンガードの前に、謎の色紙を掲げる女性の姿があった。歳のころは還暦くらいだろうか。失礼ながら、どこかくたびれた印象があった。
ちらりと見遣ると、色紙には「実家もなく旅して生活しています」と書かれている。

私は、この女性に声をかけてみることにした。

「何をされているんですか?」という問いかけに、女性は「路上で寸劇をしながら生活をしています」と答えた。
遠慮がちな口ぶりで、「泊まるところもないので、よかったら寸劇を観て投げ銭をもらえませんか」と付け加えた。

歳を訪ねると、ためらいもなく「58歳です」と答える。
私は58歳の彼女が、どうしてネットカフェ難民をしながら、路上で寸劇をしているのかが気になってならなかった。

「私はライターをしているのですが、投げ銭を差し上げるので、インタビューをしても良いですか?」

女性が快諾をしてくれたのをいいことに、私はヴィレッジヴァンガードの前に座り込んでインタビューを始めた。

田園調布育ち、虐待が原因で家出

高円寺に立ち始めて初日だというYさんは、田園調布育ちだと言った。
「田園調布」という単語のゴージャスさと、いまのYさんとのギャップに、私は思わず「あの田園調布?」と聞き返してしまった。

Yさんの父親は貿易商をしていたという。ほとんど会話がなかったので、詳しいことは分からない。
家族は両親と弟の四人。ところが、Yさんだけは、家族として認められていなかった
Yさんの食事だけが用意されないのはよくあること。面と向かって「生まれてこなければよかった」と言われることもあれば、父親からは足蹴にされることさえあった。

小学三年生の時、Yさんは家出を試みたことがある。
とはいえまだ9歳。家を出たはいいが、マンションを出て行く当てもない。追いかけて来てくれる家族は、誰もいない。
なす術なく共有スペースで立ち往生していたYさんは、トイレを我慢できずに、エレベーターの前でお漏らしをしてしまった。
そこに運悪く管理人が通りかかった。Yさんは、首根っこを掴まれて部屋へ連れ戻されてしまう。

――両親に怒られる。
恐る恐る家の中に戻ったYさんだったが、家族はまるでYさんがそこにいないかのように、声もかけずに食事を続けた。

――自分はいなくてもいいんだ。

そう思ったYさんは、衝動的にマンションの屋上に駆けあがって、身を投げた。追いかけてくれたのは、遊びに来ていた伯父だけ。Yさんの身体は、寸でのところで引き上げられた。伯父が遊びにきていなければ、自分はあの時死んでいただろう。Yさんは、少しおかしそうに語った。

家出を繰り返しながらも、なんとか服飾系の専門学校を出たYさんは、新宿のアパレルショップで働き始めた。世間体を気にする両親は、学費だけは出してくれた。

ようやく自分の人生が動き出したと思った矢先、Yさんは勤務先で倒れてしまう。体調不良の原因は神経症と診断された。
「虐待のせいだ」Yさんは確信した。

病院は肉親の連絡先を訪ねたが、Yさんは頑として答えなかった。自分の居場所がばれることが怖かったのだ。
ところが、どうやってか病院は両親の居場所を調べて連絡を入れてしまった。渋々顔を出した母親は、開口一番こう言った。
「お父さんの夕飯の支度をしていたのよ。いい加減にして」

逃げたくて始めた日本一周

アパレルショップを辞めたYさんは、25歳ごろからテレビ番組のADの仕事をはじめた。映画業界に対する憧れがあった。いつか、自分の人生を描いた映画をつくって、両親へ復讐がしたいとも考えていた。
ところが、ADの仕事はあまりにハード過ぎて1年しか続かなかった。

ADを辞めたYさんは、突如日本一周を決意する。
動機について、「母を訪ねて三千里って気持ちで、本当の両親はどこか別の場所にいるんじゃないかって気がしたんです」と語った。

仕事をする気力もなかったので、旅が長引くにつれて借金が膨らんだ。気が付けば、5社からお金を借りていた。借金を返すために借金をするという悪循環がはじまる。
それでも、会う人会う人に助けられ、なんとか生活を続けることができた。

半年ほどの旅を終えて、Yさんは東京に帰って来た。それからは、ビラ配りや交通量調査など、日雇いの仕事をする日々が何十年も続いた。

リゾートホテルなどでの住み込みの仕事があれば、積極的に引き受けるようにした。両親から逃げ続けた経験からか、同じ場所に居続けることが苦手だったのだ。
ようやく契約したアパートでは、他の住人と上手く接することができず、日比谷公園で野宿をしていた時期もあった。

日雇いの仕事でギリギリ食つなぐYさんにとって、コロナ禍は大打撃だった。
ぴたりと仕事がなくなり、部屋も失ってしまったYさんは、ネットカフェ難民として、また東京を出ることになる。

年齢を重ねたこともあるのだろう。
旅をするなかで、親子関係に悩む人の相談を受けることが多くなった。自分も悩み続けた問題だったので、親身になって相談に乗ることができた。
相談してきた人は、「気持ちが楽になった」と言い、宿泊代や食事代を世話してくれることもあった。いろいろな人の相談に乗り続けたおかげで、仕事をすることなく旅を続けることができた。

博多で知ったのは、路上ライブの文化だ。とはいえ、弾き語りなどはできない。演劇や朗読には興味があったので、寸劇をしてみようと思いたった。
「かべののりこえ方」というのは、ずっと昔、絵本作家を目指していたころに描いた題材だった。

にこやかにインタビューに答えてくれるYさん

路上寸劇生活のはじまり

こうして、2年前の10月から、路上寸劇一本の生活が始まった。
一日の収入は0円から5000円までとさまざま。上野などでも路上に立ったが、「東京なら高円寺がいい」とアドバイスを受けて、ここまでやってきた。

路上に立っていると、いろいろな人が声をかけて来る。
23歳の青年は家出をして、ダンスで投げ銭を稼いでいると言った。
千鳥足の中年男性が近づいてきたこともあった。最初は酔っ払いかと思ったが、男性は「壁の乗り越えかた、教えてくれよ」と切実な様子で言った。聞くと、実の娘が自殺したばかりだという。「自分がきつく叱ったのが原因だ」そう言って、男性は嗚咽した。

路上活動を通して、Yさんには夢ができた。
親子関係に悩んだ自分だからこそ、他人の痛みに寄り添えるのではないか。いや、相談に乗ることが自分の使命なのではないかとさえ思えた。

転機は野宿で知り合ったホームレスが、拾った食パンを半分分けてくれようとしたこと。受け取りはしなかったが、「こんなに苦しい状態になっても、優しくしてくれるのか」と強く胸を打った。
いまは、すべての子どもたちと親が笑って過ごせるよう、講演をして日本を回るのが夢だという。

「素敵な夢ですね」と私が言うと、Yさんは嬉しそうに笑った。

20代のころ、Yさんが一人で暮らす家を突き止め、突然母親がやってきたことがある。大した話もせずに、母親は10万円を手渡した。

「当時は馬鹿にされている気がして、とても嫌な気持ちになりました。でも、いまでは両親も、私の愛し方が分からなかったのかなって考える余裕があります」

「20代の時の日本一周は、マイナスの気持ちから始まっていました。だから、仕事もできなかった。いまは完全にプラスの気持ちです。これは恩返しなんです

Yさんは溌剌とした様子で言った。

インタビューを終え、今日の漫喫代を聞くと、Yさんは遠慮がちに「土曜日なので少し高いんです。2500円くらいかな」と言った。

良い話を聞かせてもらったお礼にと、私は2500円を手渡す。

最後に、パル商店街は人通りが多かったので、少し場所を変えて寸劇を観せてもらうことにした。

壁を乗り越えようとするパントマイム。しかし、なかなか超えられない。なんども試行錯誤を繰り返す。気が付くと、壁は壊れていた。壁なんて存在しなかったのかもしれない。後ろ向きな気持ちが生み出した幻想だったのだろうか。

一分ほどの寸劇だったが、正直なところ、「ふむ、こんなものか」というのが感想だった。
しかし、耳にしたばかりのYさんの人生が重なって、私にはイヤに感動的に思えた。

高円寺には変な人がたくさんいる。

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1994年生まれ。男性。ライター/歴史研究者。一橋大学大学院修了。「文春オンライン」、「プレジデントオンライン」、「週刊読書人」などに寄稿。共著に『紫式部と源氏物語の謎』(プレジデント社)。専門は日本近世村落史だが、哲学、文学、サブカルチャーなども得意。澁澤龍彦に憧れている。

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